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The Big Apple.

Lounge in JFK

  1. 2009/11/01(日) 13:06:02|
  2. 2009_New_York|
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14時間超のフライトに備えて、お酒グビグビ。。
JFKには少し余裕を持って到着した。
お土産にチョコレートばかり$120くらい。レジのお姉さんに、

「チョコで$100超ってどうよ?って感じでしょ?」


と聞いたら、

「私もチョコレートは大好きだからあなたの友達だったら良かったのに。」


と、とってもチャーミングな笑顔で言っていた。
”仮定法現在”、と、何故か文法の構文が頭の中で浮かぶ(笑)

それから本屋を覗いた。本屋は好きで、世界中どこに行ってもふらっと覗くことが多い。

これまでは割りと、その時売れているビジネス系のベストセラーだったり、
小説を買うのだけれど、今回はふと思いクラシックの棚のあたりをぶらぶら。

サリンジャーだとかダールを手に取りつつも、スコット・フィッツジェラルドの
本を買った。

先頃映画の原作になった"The Curious Case of Benjamin Button"にJazz Ageを
扱った短編をあわせて収録したペイパーバックを1冊手にした。

実は同じ【ベンジャミン・バトン】モノなら、表紙がブラピの写真のそれっぽい
ペイパーバックもあったのだが、僕的にはそれよりも、この15篇のジャズエイジの
短編に興味があったのだ。

日本にいると、得てして割りと評価の確立した作品しか手に取る事ができない
フィッツジェラルドなので、これら短編が日本で簡単に読めるのかどうかわからない
ので、ちょっとお試しに、と買ってみたのだ。
意外にこれも良かった!
して、ふと見ると、マンハッタンの
街を散策したことがある人には楽しめるであろう絵本が、1冊だけ残っていた。

1冊だけあると、これは僕を呼んでいるな、と勝手に思い自分用にお土産とする。

ラウンジにチェックインして、水割りでウイスキーを飲み、チーズを
齧り、後は東京まで14時間20分の空の旅である。
ということで、今回のNew York関係のハナシはこれにておしまい。

読んでて皆さん疲れたと思いますが、僕も疲れたので、帰国後の話はしばらく
省略するかもしれません。

Madison St.で買ったバッグ等もいずれ書きます。

では、ここまでお付き合いどうもありがとうございました。

英語の勉強

  1. 2009/11/01(日) 12:24:30|
  2. 2009_New_York|
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カーネギーホール。何故か、いつも玉ネギを連想してしまう。。。
ントラル・パークから、マイルス・デイヴィスが『カインド・オブ・ブルー』と
同じメンバーによる演奏で、ライヴ盤を遺したプラザホテルを横目見ながら南に進む。

そして、ジョン・コルトレーンが在籍していた頃のセロニアス・モンクが、
やはりライブ盤を残しているカーネギーホールの横を通る。

僕は何故か子供の頃からカーネギー・ホールと聞くと玉ねぎを連想してしまう。
大学時代の一番の親友が、カーネギー・メロンでMBAを取ったという話を聞いた
時も、真っ先に浮かんだのは、野菜とフルーツ・・・。

名門校相手にかなり失礼な輩である。
日本にもあるのでしょうか?
して驚いたのがこれ。

勝手にアメリカ人はこの油で指先と口の周りをテカテカに光らせてフライド・
チキンを食べるのが好きだよね?とか思っていたのに、アメリカの健康志向も
ここまで来たということか。

KFCではなくて、KGC。 ケンタッキーグリルドチキン、だって。
調理法を変えたからFがGになるのは解ったけどさ、そしたらもうケンタッキー
じゃなくてもどこでもいいじゃん!(笑)

とか、突っ込んじゃダメなんですよね。真面目にブランディングやってる人
ごめんなさい。でもちょっとだけ笑える。

もうとっくに日本にも上陸していて僕が知らないだけかな?
最初は、似てねーなぁ。。。としか思わなかったけど。。。
して、ブロードウェイから6th. Av.に曲がったところでであったTシャツ。

遠目に、最初は『しかし似てない偽者だなぁ・・・』と、キティを模した、センスの
ない一枚としか思わなかったのだが・・・

キティちゃんことKittyは英語で言うと、子猫ちゃん、であり転じて、ちょっと
エロいお姉さんだったりするのだけれど、KをTに変えることで・・・ねぇ(笑)

Tittyとは乳首。titsと複数形ではおっぱい。
Hello Tittyとなると、この似ていないキティの偽者の顔が何かに見えてくる。

これは是非ともボインさんに贈りたいところだが、セクハラになるのでそれもできない。

隣のFBIというTシャツも、連邦捜査局(Federal Bureau of Investigation)
だと思っていたが、よくよく見ると、Female Body Inspectorと書いてある。
女性の身体の検査官、という感じになる。

要するに、Hなお土産屋ということだったんですね。。

えー、僕はHには全く興味がa$5#&/?なんですけど、あ、文字化けしましたね。
英語の勉強のために書いてみました。

ということで、一路JFKへ。

Strawberry Fields

  1. 2009/11/01(日) 11:43:16|
  2. 2009_New_York|
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セントラルパークの西口から入ってすぐ。
ートルズのファンにとって、Strawberry Field(s)とは長い間2つの意味を持っていた。

ひとつは、Johnが幼少時代に訪れていた、リバプールの外れにあるサルベーション・
アーミー(キリスト教の一派。救世軍と訳される)の孤児院の名前。
こちらはStrawberry Fieldと単数形。

もうひとつは、サージェント・ペッパーズ〜の先行シングルとして【ペニー・
レイン】と両A面で出されたビートルズ14枚目のシングル曲。
こちらはStrawberry Fields Foreverと複数形。
プロモーション・ビデオのはしり、と言われるプロモーションビデオはこちら

この孤児院をモチーフにしており、歌詞の出だしから、
”一緒に行かないか?僕は今からストロベリー・フィールズまで行くところなんだ。”

と言う感じで出てくる。

ところが、Johnが不慮の死を遂げたので、彼が生きていたら45回目の誕生日に
なっていたであろう、1985年10月9日に、セントラルパークに同名のメモリアルが
オープンした。
こちらもStrawberry Fields Memorial、と複数形。

それにより、ファンの間でストロベリーフィールズに3つ目の意味が加わった。
この日もツアー客のご一行様がいました。。
ントラル・パークに作られたモニュメント、ストロベリー・フィールズ
メモリアルは、ダコタハウスから程近い。

ここは、10年近い昔の記憶でも充分辿り着けた。

中央にはひとこと IMAGINE の文字が。
デザインは、ブルース・ケリー氏


zoom, zoom, zoom!
かに、そうやってIMAGINEと言われると、誰しもJohnのこと、そして自分とビートルズや
ジョンをめぐる思い出なんかに想いを馳せてしまうだろう。

僕がNYに行く10日前はJohnの69回目の誕生日にこの場所で、Meetlesによる
超ユルーい(Just like) Starting Overの歌と演奏が行われていた。。

このゆる〜い、演奏は要チェックです(笑)!

でも、みんなとっても楽しそうで幸せそうに歌ってる。(こちら


リスって冬眠するのかな?
アーの一団が通り過ぎるのを待った上で、僕もしばし黙祷を捧げる。

そして、ゆっくりと、ミッドタウン方面に歩き始める。
ガサガサ。何かが動いた!
シッポが揺れてる。 リスだ。

ロンドンの公園もこうやって都会の真ん中にリスがいたっけ。
東京では少し郊外の公園でもリスを見かけない気がするけれど、実際のところ
はどうなんだろう?

The Dakota

  1. 2009/11/01(日) 10:29:27|
  2. 2009_New_York|
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なかなか迫力がある建物。。
ントラルパークを目指したのには訳があった。
John Lennonが住んでいたダコタハウスに行ってみようと思ったのだ。

今から9年前、New Yorkに出張で来た際に、一度訪問したのだが、それ以降はNY
を何度か訪れたものの来る機会がなかったのだ。

今年はビートルズファンにとっては特別に記憶される年だろうし、実際に9/9以降は
久しぶりにビートルズを聴く機会が増えていたので、久々に行ってみよう、という
気になっていたのだ。
全体を写真に収めるためには、道を渡ってセントラルパークまで行かないとダメなほど巨大である。。
本ではよく「ダコタハウス」と表記されているけれど、僕が見た限りだと、
英語では、"The Dakota"と書かれているケースがほとんどのように思われる。
「ハウス」ってついてねーんだよ。

1880年10/25から1884年10/27まで4年の歳月をかけて建造されたという。
季節で言うと、ちょうど僕が訪れた頃だ。

シンガーミシンの社長 Edward Clarkから依頼されてHenry Janeway Hardenberghの
設計事務所がデザインをしたらしい。彼らはプラザホテルのデザインでも知られている。
建てられた当初、周囲に何も無かった(古い写真が残っている)ので、
マンハッタンの北のはずれ(=僻地)をアメリカのカナダ国境の僻地のダコタに
準(なぞら)えて名づけられた、という説が1933年の新聞記事で紹介されているそうだ。

その説ともうひとつ、発注主のEdward Clarkが、ダコタ好きだったからそう
名づけられたという説と2つあるようである。

真相はどちらでもかまわないけれど、そういう謎とか「言われ」があるのって、
何だか楽しくて良いな、と思う。
フェンスについている男性の顔と、ドラゴン
憶を頼りにセントラルパークを西側に沿ってゆっくりと歩いた。

そろそろあっても良い頃じゃないかな?と思ってから更に少し行った72丁目に
突然豪奢な普請の建物が聳え立っている。

建物は大きいのだが、それに比較して通りの幅が充分に広くないので、遠くから
それを見ることが出来ないので、文字通りひとつブロックを過ぎると突然現れる、
と言う印象を受けた。
非常に立派な建物で、歩道と建物の間の柵(フェンス)にも立派な男性の頭部と
ドラゴンが2体で一組の金属製の飾りが数mおきに設置されている。
10年前は花が手向けられていた気がしたのだけど、今は無いな。。
Johnが撃たれたという入り口には守衛がいて緩い感じで立っていた。

前回来たときは 「ここが・・・」と僕が質問しかけたところ言い終わる前に
「そうだよ」という感じで頷いたのだが、今回は守衛同士で談笑していた。
中庭が少しだけ見える。
こで撃たれたのか。。。と思うとちょっと切ない気がするが、そこを
日常で通り抜けているヨーコさんやショーンはどんな気分なのだろう?
もう毎日の事だから深く考えないのかもしれないけれど。。。
このダコタハウス、入居にはボード(理事会)の許可が必要らしい。

過去から現在の居住者のリストを調べるとなかなか興味深い。
一方でつい最近(2005年)にもアントニオ・バンデラスとメラニー・グリフィン夫妻が
入居を断られたとして話題になった。

一応、お金があるというだけではダメで、アーティスト系である必要があるらしい。
1970年代には、ビリージョエルやジーン・シモンズが断られたのも有名な話である。
居住者リストには古くはローレン・バコール、レナード・バーンスタイン、
なんて名前もある。

それ以外でもざっと列挙すると、
ボノ、ロバータ・フラック、ジュディ・ガーランド、イアン・マクドナルド、
ロバート・ライアン、ニール・セダカ、ポール・サイモン、スティング等々
年間何日ここに住んでいるのかは知らないけれど、錚々たるメンバーだ。

勿論、ここに小野洋子さんとショーン・レノンも名を連ねている。
次々と観光客がやってきては、入り口で写真を撮っている。

アビー・ロードスタジオ前の横断歩道を思い出した。

ダコタハウスを後にして、中央公園(漢字?)へと戻る。。。

秋のセントラルパーク

  1. 2009/11/01(日) 09:23:46|
  2. 2009_New_York|
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思い思いに散策する人、ジョギングする人。。
国の朝。
フライトはJFK午後1:55発のNW799便。

ホテルを11時過ぎに出れば充分に間に合うという状態だったので、運動不足解消も
兼ねてミッドタウンからセントラルパークまで散歩した。

到着した日は東京の真冬並みの寒さに、先が思いやられたのだが、この日は、
ジャケットだけでも充分外を歩く事ができる陽気だった。
長ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいベンチとオバチャン。
のセントラルパークといえば、思い出すのが、ジョン・レノンのスターティング・オーヴァーのPV。

僕の記憶が曖昧なのだけど、当時5年ぶりの先行シングルとして発売がアナウンス
された頃、NHKの「ニュースセンター9時」で、日本で初めてのオンエアですよ!
として放送されたそのPVを興奮しながら観た記憶がある。

といか、どうでもいいけど、このベンチ長いよな。。。

のセントラルパークをジョンとヨーコが歩く映像が使われている。

元となったのはこちらの映像だが、あれから30年近く経った同じ季節に、
その事を考えながら歩いた。


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